翁長知事が亡くなったというニュースを知って、
ふと思いついてしばらく思考を巡らしてみたら
ようやく腑に落ちたことがあったので
それを記してみたいと思う。

これから書くことは全て私の憶測です。

翁長知事と言えば
元々は保守陣営の人で
元々は自民党の人だったことは良く知られているわけだ。

辺野古基地移設に関しては反対派で知られているが
実は革新では無くて
元々は保守派であるわけだから
自民党の方針に反旗を翻すということは
何か「相当な想い」がなければ
やらないと思うんですね。

その「相当な想い」というのが
やはりご自分の死なのではなかったのかなと。
つまり自民に反旗を翻した時点で
既に自分の死期を悟っていて
だから最後の大仕事として
県民の気持ちに寄り添おうとされたのではないかなと。

そう考えると物凄く腑に落ちるんですよ。
最初、翁長知事が反辺野古移設でクローズアップされて出て来た時
やはりあの髪型に誰もが違和感を抱いたと思うんですね。

あのかつらを着けなければならない理由もつまりは
癌との闘病の証、抗ガン剤の副作用と考えれば納得が行く。
「女性は気にしてカツラを使用するかも知れないけど男性はしないだろう?」
という方もいるでしょうけど
政治家は見た目も大事ですからね。
健康かどうかは特に大事だし
頭髪というのはそのバロメーターと捉えて何ら不思議はない。

やはり辺野古移設に関してはね
その前の仲井眞知事っていう人が
途中で寝返ったのが
とても強いショックでしたよね。

あれを見てもわかる様に
国の方針に反旗を翻すってことが
どれほどのプレッシャーかわかりますよね。

とんでもないプレッシャーなんだと思いますよ。

相手は硬軟織り交ぜて
どんな手法を使ってでも
反移設派を攻めます。

当然本人だけでなく
その周辺状況や過去の経歴も探って
その人の最大の弱みをとことんえぐり出し
見つけたとわかればそれをとことん突っついて
攻めこんで来るでしょうね。

たぶんそれが仲井眞知事に対して集中的に行われて
寝返ったのではないのかな。
まあ根拠のない勝手な憶測ですけど。
あるいは選挙戦で勝つために
最初から公約を破るつもりで知事になったか。
いやまぁでもあの急激な変化は恐らく前者だろうな。

まぁでもどちらにしても
そういうプレッシャーが常に働いているって事実には
変わりが無いわけです。

逆を言えばそのプレッシャーがあることを一番わかっているのは
同じ保守陣営にいた人だと思うんですよね。
翁長知事っていう人は元々保守だった人だし
当然そのプレッシャーの強さはよくご存知だった筈。

『生きる』

まぁ何が言いたいかというとわかり易く言えば
黒澤明の映画『生きる』です。
保身的でダメ役人の典型である主人公が
胃がんで死期を悟った後は
およそダメ役人に似つかわしくないほどの
立派な仕事を残したわけです(市民の為の公園を造った)。
相手が送り込んで来たヤクザの脅しにも屈しなかった。
それ程の気概だった。

その気概の源はなんだったのか?
つまりは自分のライフワーク。
生きた証。
本来なら公僕であるべき公務員の真の姿を見せること。
最後の大仕事。
だからあそこまでの気概を見せられた。

あの映画はその生き様の素晴らしさを称えると同時に
「哀しいかな人間っていうのは
そこまで自分を追い込まないと
本当の仕事ってヤツが出来ないのよね」
ってことを言ってるんですね。

何故ならあの映画のラスト。
主人公の通夜の席で
主人公が行った最後の善行を知った職場仲間の役人達が
「よし、俺達も明日からやるぞ!市民の為にやるぞ!」
って気炎を上げるんですね。
ところが次の日に職場に行ったらまた元に戻ってしまうんです。
窓口で面倒臭そうに市民の苦情対応をする
典型的なダメ役人に戻ってしまうんです。

あの映画はそこまで読み込んでこそ意味がある深い映画です。

生き様

私は今回翁長知事の死を知って
勝手に私の憶測でそこまで考えてしまった。
きっと映画『生きる』の主人公の様な気持ちで
闘っていたのだろうと。

翁長知事は最後まで辺野古移設問題に取り組んで
一歩も退かなかった。

映画『生きる』で
主人公と対峙したヤクザは
諦めるんですね。
それは死を怖れていない人間は
決して退かないってことを知っているからです。

翁長知事も同様に死を怖れてはいなかったと思う。
だからどんな圧力にも屈しなかったのだと思う。

でも本来なら一緒に国民に寄り添うべき日本政府は
みんな死が怖いんですね。
アメリカに歯向かったら生きていけない人達なんですね。
だからまあ残念ながら『生きる』の様にはいかんだろうなと。

だけどじゃあまた翁長知事の様な
立派な気概を持った政治家が現れて欲しいかと問われれば
私は現れて欲しくないですね。

何故ならまたその人はトンデモ無い苦労を背負わされるだろうから。
そんな個人の犠牲の上に辺野古移設が中止されたとしても
私はあんまり嬉しくはないかな。
本当は国民みんなで背負ってあげるべきことじゃないかなと。
そう思います。

本当に心よりご冥福をお祈りいたします。